もう使い捨ては厭だなって思う
もう使い捨ては厭だなって思う。
あたしは、ゆっくりと人付き合いしていくほうがあっているね。たくさんの人と関わって、その中で選り好みをして、少数残ればいいやっていうのは、ちょっと厭だなって思ったの。そういうやり方を否定するわけじゃないけれどね。
自分の時間には限りがあるわけじゃない? 1000人と出会っても、1000人と密な交流ができるわけがない。毎回50人単位であってもいいけれどね。分散された意識になるよね。芸能界の人たちってそんなだったなって思ったんです。
あたしがついったで下らないことベラベラ書いて、ちょっと良いなって思った人にじょじょにフォローされて、会ってみてもいいなって思った人とちょっと会って、お互いに日常があって。そういうのがいいなって思ったんですね。
大人数のイベントっていうのは悪くはないけれど、あたしは常に孤独を感じるんだね。100人パーティ、200人パーティ、結構じゃないの。でもそこには、必然的に偶像がうまれて、観客がうまれるんだなって思うと、悲しくなるんだなあ。
一方的な偶像を求めたいわけでもないし、偶像にされたくもないから。
「誰々さんは歌がうまくて美人で役者なんですよ、キャーかっこいい」っていう前提でキャーキャー騒ぎたいわけじゃないんだね。少なくとも、ちょっと赴けば出会える人に偶像性を感じたくない。私がついったに求めているのは、出会えるアイドルとのリンクではないんだ。
偶像性の排除、一対多の関係の排除、そういうのを求めると、少人数で会ってイベント性を排除するって方向に落ち着くの。役職や他の顔をいっさい捨てて、人間として会いましょうよってのもあるね。
ひたすらに虚飾して、足元がお留守なのに、アッピールに忙しかった人は空気のように素通りしてった。まだアッピールしてると思う。そしてその人達は偶像だった。いろんな人達からキャーキャー云われてました。
あたしはそういう人達を羨ましいなって思ったし、あたしも偶像みたくなりたい、キャーキャー云われたいとも思った。でも向いてなかったんです。愛玩される才能がなかった。
愛玩される才能に欠けておりますので、ひとと人との付き合いをして、スイーツ喰ったりウンコの話題でもりあがりましょう。